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熊本地方裁判所玉名支部 昭和46年(モ)3号 判決 1971年12月14日

申請人 有限会社ホテル一龍閣

右代表者代表取締役 高橋秀夫

右訴訟代理人弁護士 三角秀一

被申請人 内村健一

右訴訟代理人弁護士 三原道也

主文

熊本地方裁判所玉名支部昭和四五年(ヨ)第二五号温泉利用禁止等仮処分申請事件に対する被申請人の異議申立てを却下する。

訴訟費用は、被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、申請人訴訟代理人

「申請人・被申請人間の昭和四五年(ヨ)第二五号温泉利用禁止等仮処分事件について、熊本地方裁判所玉名支部が同年一二月二八日なした仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は被申請人の負担とする。」との判決を求める。

二、被申請人訴訟代理人

「申請人・被申請人間の昭和四五年(ヨ)第二五号温泉利用禁止等仮処分事件について熊本地方裁判所玉名支部が同年一二月二八日なした仮処分決定はこれを取消す。申請人の本件仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決を求める。

第二、申請人の仮処分申請事由

一、申請人は、いわゆる温泉旅館の営業を目的として昭和四一年九月一五日設立された会社であり、玉名市岩崎高津原(通称立願寺)において、別紙(三)記載の土地・建物を利用して右営業をなしていたものである。

ところで、申請人は熊本県知事から、同四〇年六月七日付ならびに同四二年六月六日付で温泉掘さくの許可(熊本県指令環昭和四〇年第五三五号、同四二年第三七二号)と、さらに同四二年一〇月一二日付で温泉利用の許可をそれぞれ受け、また同年三月九日付で温泉法第八条による温泉動力装置による許可を受けて該動力装置を設置した。

しかして、右許可証は個人高橋成一名義になっているが、同人は当時申請人会社の代表者であり、かつ右装置設置の費用も同会社が支出しているので右動力装置の所有権は申請人会社に属するものである。

二、しかるところ、前記土地・建物は、申請外九州相互銀行の競売申立により競売となり同銀行がこれを競落し、ついで被申請人が右銀行からその譲渡を受けてこれが所有者となった。

しかし、申請人は依然熊本県知事からの前記温泉掘さく・利用並びに動力装置についての許可を保有するので右許可に基づいて温泉を利用する権利は失っていないのであるし、有体動産である該温泉動力装置も右競売の対象とはなっていなかったものであるから、これらの権利や物件は依然申請人の所有に属し、被保全権利たり得るものである。

然かのみならず、温泉の掘さく・利用等は既存同業者との権利調整その他から申請しても必らずしも許可になるものとはかぎらず、かつ掘さくには相当の費用を必要とするのでその反射的効力として温泉の利用には一種の暖簾類似の営業権的な価値が伴うものであるところ、右競売に当ってはかかる価値が評価されて最低競売価格が決定された形跡がないので、右営業権的な価値も依然申請人に属するものとしてこれを被保全権利の中に数えるに支障がないものというべく、さらに温泉源も土地あるいは建物とは別個の独立した有価物として物権に準ずるものとされるところ、これについても競売の対象とされた形跡は存しないので右温泉源も依然申請人の所有に属し、やはり被保全権利となるものというべきである。

三、しかるに、被申請人は右権利や物件等を擅に占有支配し、これが円満な譲渡について話し合おうとする申請人の提議を無視して一顧だにしない。

そこで申請人は被申請人に対し、右不法行為の排除および損害賠償等の本訴を提起すべく準備中であるが、右本案の確定を待っては回復し難い損害を被むる虞れがあり臨時緊急の措置を要するので、被申請人に同人が申請人の前記温泉掘さく・利用等の許可に基づいて該温泉を利用することを禁止し、かつ前記温泉動力装置に対する被申請人の占有を解いて熊本地方裁判所玉名支部執行官にその保管を命ずる旨の仮処分を求めるため本申請に及んだものである。

第三、被申請人の仮処分異議事由

一、申請人は、同人が熊本県知事から温泉を掘さくし、利用し、かつ動力装置を設置することについての許可を受けている権利、有体動産たる温泉動力装置に対する所有権、温泉利用に伴う暖簾類似の営業権的価値の保有ならびに温泉源に対する所有権等を本件仮処分における被保全権利として主張している。

しかし、これらは以下述べるごとく到底被保全権利たり得ないものである。

(一)  まづ、申請人が熊本県知事から温泉を掘さくし、利用し、かつ動力装置を設置すること等の許可を受けている関係であるが、知事のかかる許可は温泉利用についての行政的措置に過ぎないものである。

けだし、温泉掘さくについての許可は乱掘から温泉を保護しようとする目的に出たものであり(温泉法第一、三、四条)、また温泉を公共の浴用に利用することについての許可(同法第一二条)も温泉の成分が衛生上有害ではないことを確認するための必要に出たものであり、さらに温泉の湧出量を増加せしめるため等の動力装置についての許可も泉源保護のためである(同法第一、四条)からである。

すなわち、知事の許可は温泉保護を目的とする行政許可で、対人許可ではないので、温泉の湧出する土地の権利を離れ、これと別個に温泉を排他的に所有し使用することを内容とする私法上の権利を創設するものなどでは毫もないのである。

(二)  つぎに温泉動力装置の関係であるが、右装置は空気圧縮機(三・七KW用)一台、モーター(三・七KW四P)一台および圧力タンク一基から成り、前記別紙(三)の建物中の機械室に固定して常置されておるものであって、建物の従物に属するものである。

したがって、右建物の競売に際し、該動力装置も右建物と共に競落人たる申請外株式会社九州相互銀行の所有となり、さらに同銀行より同建物を買い受けた被申請人の所有に帰したものである。

なお、右競売に当って右動力装置がとくに主物たる建物の処分に従わない旨明示されておったというような事実も存しない。

仮りに右動力装置が建物の従物として競落人に移転しなかったものであるとしても、競落人である右申請外銀行はこれを従物と信じて取得し、かつその所有物件としてこれを被申請人に移転し、同人またこれを従物と信じて買い受けその引渡しを受けたものであるから、所有の意思をもって平穏、公然、善意、無過失でその占有をはじめたものとして即時その所有権を取得したものといわなければならない。

したがって、申請人が猶右動力装置に対する所有権を有するものとしこれを被保全権利として主張することの失当であることも明らかである。

(三)  また、申請人は、温泉の利用には一種の暖簾類似の営業権的な価値が伴うものであるところ、前記競売に当って、かかる営業権的価値が評価され競売の対象となった形跡はないので、かかる営業権的価値も依然申請人の所有に属し被保全権利たり得るものである旨主張するが、湧出する温泉を利用する権利は、該湧出地の土地所有権の中に含まれるものであって、右土地所有権外に特立するものでなく、土地所有権の移転と共に当然に移転するものであるのみならず、前記物件(土地・建物)の競売に当ってもかかる温泉利用の事実を考慮して該物件の価格が評価されておったものであるから、いずれにせよ営業権的な価値が猶申請人の保有の下に残されておるものとしてこれを被保全権利に数える申請人主張の誤りであることも明らかである。

(四)  さらに、申請人は温泉源は土地あるいは建物とは別個の独立した有価物で物権に準ずるものであり、土地・建物の処分に当然に従うものではないから前記競売土地内に存する温泉源は依然申請人の所有に属し本件の被保全権利たり得るものである旨主張する。

なるほど泉源をその土地と別個の準物権的な権利として把握しようという考え方の存することは事実であるが、少数異説であり、かつ実定法上これをそのまま(分筆登記等の手続を経ずに)肯認し得る余地は存しない。

因みに九州でも福岡県の原鶴温泉や大分県の別府温泉等で、泉源部分の土地をそれを含む土地から分筆して「泉源地」という地目で登記し他の土地よりもいくらか高く評価している事実がみられるが、土地から切り離された温泉源自体を売買取引の対象としているものではない。

本件において泉源地は前記別紙(三)記載土地の不可分の一部として申請外九州相互銀行に競落されたものであって、申請人の所有下に猶残存しているという筈はなく、勿論被保全権利たり得ないものである。

以上によると、申請人には本件仮処分により保全さるべき権利は存しないものといわなければならない。

二、また、申請人は熊本県知事からの前記許可名義を保有しておるとしても、基本たる土地・建物の所有権を失っておる以上、現実に温泉を利用するに由ないのであるから、保全の必要性の存しないことは自ら明らかであるといわなければならない。

なお、被申請人においても既に昭和四六年四月八日熊本県指令環第六号及び同第七号をもって同知事より別紙(三)記載土地において、用途「浴用」並びに同「温泉プール」として温泉利用の許可を得ておるのであるから、同利用に何らの支障も存しないのである。

第四、右異議事由に対する申請人の反論

一、被申請人主張の異議事由は、すべて否認する。

二、なお、被申請人は、同人が同四六年四月八日熊本県指令環第六号及び同第七号をもって同知事より該土地における温泉利用の許可を得ておるので、右利用に何らの支障がない旨主張するが、右土地の所有者は真実は被申請人個人ではなく、同人が主宰する「第一相互経済研究所」と称する団体であり、同団体がその会員からいわゆるネズミ講方式により集めた金員をもって前記申請外九州相互銀行よりこれを買い受けたものであり、本件温泉を一般の浴用に供しておるものも右「第一相互経済研究所」であって、被申請人個人ではないから、右許可は温泉利用の実態に適合しないものであって、その効力に疑いの存するものである。

第五、疎明関係≪省略≫

理由

一、当裁判所が昭和四五年一二月二八日申請人の申請に基づき、「一、別紙(一)記載の温泉動力装置に対する被申請人の占有を解いて熊本地方裁判所玉名支部執行官にその保管を命ずる。二、被申請人は別紙(二)記載の温泉掘さく許可(熊本県指令環昭和四〇年第五三五号、同昭和四二年第三七二号)並びに温泉利用許可に基づく温泉利用をしてはならない。」旨の仮処分決定(以下単に本件仮処分決定と略称する。)をなしたこと、右仮処分決定に対し被申請人から当裁判所に対し同四六年一月七日異議の申立(当裁判所昭和四六年(モ)第三号)がなされるとともに、他方特別事情による取消しの申立(同裁判所同年(モ)第四号)もなされていたところ、当裁判所は後者につき同年一月一九日右特別事情の存在を認め、被申請人において金一〇万円の保証を立てることを条件として右仮処分決定を取消す旨の判決を言渡し、右判決に対し申請人から控訴がなされたが、同年八月三一日福岡高等裁判所において控訴棄却の判決言渡があり同判決は同年九月一七日確定したこと等の事実は、当裁判所に顕著な事実である。

二、ところで、同一仮処分に対する異議申立と特別事情による取消し申立との競合は、二重訴訟禁止等の趣旨から許されず、後者の申立事由を異議事由における抗弁として主張することのみが可能であるとする有力な見解(吉川大二郎・保全処分の研究三五八頁以下等)も存するが、当裁判所としては、前者は口頭弁論の開始と判決に基づく仮処分決定の当否すなわち被保全権利の存否および保全の必要性の有無についての審判を求める申立であり、後者は仮処分決定の当否すなわち右被保全権利の存否および保全の必要性の有無についての判断には直接触れることなく、一応保全処分の存在を前提としたうえで、債権者側における金銭的補償の可能性の有無または債務者側における異常損害の存否等のいわゆる特別事情について検討し、かかる事情が存在する場合には公平の原則上保証を立てさせて該仮処分を取消すのが正当ではないかということについての審判を求める申立であって、両者はそれぞれその存在理由を異にし、実定法上(民事訴訟法上)も仮処分命令に対する不服申立方法として異議のほかに特別事情による取消申立が明定されていること等から考え、同法は債務者の利益のために両者の競合を認めているものと解する。

尤も両者競合の場合、審理の重複、裁判の牴触を避けるため出来得べくんば特別事情は抗弁として異議訴訟において主張させることとし、取消訴訟の方はその取下げをはかるというような工夫が望ましいことではあるが、反面特別事情による取消申立の審理はその対象が狭く限定されている関係で比較的早く終了する傾向にあり、債務者としては右取消訴訟の審理先行を強く希望する場合が寡なくないので、かかる場合債権者において不同意を唱えない限りは異議訴訟を延期し、取消訴訟を先行させることを相当とする場合も存する。

当裁判所の前記昭和四六年一月一九日付判決に係る仮処分取消訴訟の審理は、右後者の趣旨に基づいてなされたものであることは右判文上明白である。

三、そこで、つぎに右のごとく両訴訟競合のままで、特別事情による取消申立事件について先きに取消判決がなされた場合残っている異議申立事件の帰趨如何ということが問題とならざるを得ない。

この点については、未だ判例・定説をみるに至っていない(本件と逆の場合、すなわち異議の申立について先きにその認容による仮処分決定取消の判決があった場合には、残っている特別事情による取消の申立はその利益を欠くものとして却下せらるべきものであるということについては、すでに判例が定立しているが、――昭和二八・一二・一東京高判、下民集四・一二・一七九一)が、考え方としては、次の三説すなわち(甲)特別事情による取消申立事件につき、その申立てが認容され保証を条件として仮処分が取消されても、この場合債務者の提供する保証は、該仮処分取消のため後日債権者に生ずることあるべき損害を担保するものではなく、債権者の求めた仮処分の物体に代わるものであり、したがって債権者が後日本案訴訟において勝訴の判決を受けたときは債務者の提供した右保証に対し、その判決を執行し得るに至り、経済的に見れば仮処分自体は既に取消されたのにその保全しようとする請求についての目的を達するうえにおいては恰かも仮処分は引続き存在すると何ら択ぶところがないのであるから、かかる場合無担保取消を内容とする異議訴訟を維持してさらにこれにつき判決を求め得るものとする考え方(谷井辰蔵「仮差押及び仮処分手続」四三一頁、二二五頁参照)、(乙)仮処分異議と競合する申立が事情変更による取消申立であって、かつ後者について先きに無担保で仮処分決定取消の判決がなされ確定した場合のごときは、さらに異議申立について判決を求める利益ないし必要性を欠くことになるが、右競合事件が保証を条件としてでなければ取消されないところの特別事情による取消申立事件の場合は、さらに被保全権利および保全の必要性についての審理が行われ、無担保で仮処分決定の取消が行われ得る異議申立についての判決を受ける利益ないし必要性は猶存するとの考え方(昭和四一・三・二三福岡高判、高民判集一九・二・一五七参照の高裁判決の反面解釈)、(丙)両者競合の場合、一方において取消が認められた場合には、他方は目的到達により維持する利益がなくなるとする考え方(吉川大二郎博士還暦記念「保全処分の体系」下巻所載の原井龍一郎「特別事情による仮処分取消九一九頁参照)等を挙げることができる。

按ずるに、(甲)説は、結局特別事情による取消判決の場合における保証をもって該仮処分取消により後日債権者に生ずることあるべき損害を担保するものではなく、債権者の求めた仮処分の目的物に代わるものであるとみるところに立論の基礎を置くものであるところ、この保証の性質については右のごとく解する見解(昭和二六・二・六大阪高判、下民集二・二・一三六並びに同判決の引用する昭和七・七・二六大審院決定参照)も存するが、通説は当該仮処分命令が取消されることによって債権者の被むるべき損害の担保と解しており(保全判例百選一三四頁林屋礼二保証額決定基準、菊井・村松「仮差押・仮処分」三七四頁、判例タイムズ二六三号五三頁沢田直也保全執行法試釈等)、当裁判所もこの保証は、保全処分命令そのものの取消を得させるものであって、仮差押解放のための供託金のごとく、執行の目的物の提供とは異なるものであると解するし、また保証が債権者に役立つのは、仮処分命令が取消された後、債権者が本案訴訟で勝訴した後に限り、かつ仮処分の場合はその被保全権利が金銭補償で満足し得る性質のものであったとしても、本案の請求は特定物に対する給付であるのが常であるから、その勝訴判決を得ても直ちに保証に対して権利を行使できるわけのものではなく(仮差押の場合は債権者が本案訴訟で勝訴すれば保証に対し質権者と同一の権利を行使することができる)、さらに取消さるべきではなかった仮処分命令を債務者の特別事情に基づく取消申立によって取消されたことによって被むった損害の賠償請求の訴等を提起し、その勝訴判決を得てはじめて保証に対し債権者としての権利を行使できることになるものである。

右の事実に徴すれば、保証が仮処分の目的物に代わって存続し経済的に仮処分命令は猶存続すると択ぶところがなく、したがって債務者としては、これが拘束から脱するため、無担保取消を内容とする異議の申立を維持してこれについて判決を求める利益ないし必要性があるものとする前記(甲)説にはにわかに賛することができない。

尤も然りとすれば、債務者としては、特別事情による取消判決において立てることを命ぜられた保証について何時までもこれが取消決定を受け得ないという不都合の生ずることを免れないのであるが、これは本案訴訟等による救済の途が残されており、同訴訟において解決をはかるほかない。

つぎに、前掲福岡高裁判決は、先行の事情変更による仮処分取消判決が無担保であることに力点を置いて後行の異議による取消判決を求める利益ないし必要性を認めなかったのか、あるいは無担保の点もあるが、先行の取消判決が確定し、したがって該仮処分命令が完全に失効したということに力点を置いて後行の異議取消判決を求める利益ないし必要性を否定したのか判文上必らずしも明確ではないが、事情変更による取消判決が無担保であっても、それが債権者の控訴等により未確定であるかぎり、債務者としてはより有利であるところの、被保全権利自体の存在を争って仮処分命令の取消を求める異議の利益は存するわけである(尤も異議の申立に基きなされた仮処分命令取消の判決は、形成の裁判であり、これに仮執行の宣言が付されることによって、その言渡と同時に直ちに効力を生じ、さきになされた仮処分命令は失効し、恰かも仮処分命令が発せられなかった以前の状態に復するものであるが、控訴審において原判決を取消し原仮処分命令を認可する旨の判決があると該仮処分の効力は回復されるのであるから、やはり未確定のかぎりは異議取消の利益はあるものといわなければならない。)から、右高裁判決はむしろ先行の取消判決が確定し仮処分命令が完全に失効した(控訴審における回復の可能性もなくなった)という点に力点を置いて後行の異議取消判決を不適法としたものと解するのが相当と思料せられ、したがって同判決の反面解釈として保証すなわち有担保を条件として仮処分命令を取消すところの特別事情による取消判決が先行した場合は、さらに無担保取消の異議の申立について判決を求めることができるものであるとする(乙)説にも賛し得ないものというほかない。

(丙)説は、併存する申立中いずれか一つについて取消が認められるときは他の申立は目的到達によりこれを維持する利益がなくなるとするもので、右取消の確定、未確定の別は明らかにしていないが、もし同取消が不動なもの、すなわち先行判決の確定であるときは仮処分命令は完全に失効するので、爾余の申立維持についての利益を否定することは仮処分取消制度の目的に照らし正当であるというべきである。

けだし、前記のごとく取消判決にはすべて仮執行宣言が付されるのであるが、未確定の間は控訴により原取消判決が取消され仮処分命令が復活する可能性が残されておるので未だ目的到達とはいい得ないが、該取消判決が確定するときは該仮処分命令は完全に失効する結果、も早や取消しの対象となる仮処分命令は存しないことに帰し、仮処分債務者保護のため設けられている仮処分取消制度の目的は十分に達し得られるからである。

なお、特別事情による取消判決のごとく、該取消判決が保証を条件とするものであるときは立保証が取消の停止条件となるものであるから、該判決の確定だけでは足らず、保証提供の条件の具わることも必要とするものというべきである。

これを要するに、同一の仮処分命令に対し、異議その他各種の取消申立が競合している場合において、そのうちのいずれかについてこれを認容し該仮処分命令を取消す旨の判決がなされても右判決が確定しない間は他の申立を維持してさらにこれにつき判決を求める利益ないし必要性が存するものというべきであるが、右先行判決が確定後においてはも早や他の申立についても目的到達によりこれを維持する利益はなくなったものとしてこれにつき判決を求めることはできないものと考えるのが相当である。

四、そうすると、本件の場合は同一仮処分命令に対し、その取消を求めて異議申立と特別事情による取消申立とが競合し、後者について先きにこれを認容し該仮処分命令を取消す旨の判決がなされ、かつ同判決はすでに確定した(なお、保証は右判決言渡日即日その供託があったことは、当裁判所に顕著な事実である)のであるから、該仮処分命令は完全に失効し、も早や取消しの対象となる仮処分命令は存しないことに帰するので、前者(異議申立)について、さらに判決を求める利益はなくなったものといわなければならない。

よって、本件異議申立をその利益ないし必要性がないものとして本案に関する判断を経ずに却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

<以下省略>

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